脱サラトレーナー

今でもサラリーマンをしていた時期を思い出す事があります。Step Forward(前進)しなくてはならないのに、過去を振り返るというのは矛盾してますね・・・。しかし私にとっては、過去の苦い経験が、前へ進むための原動力にもなっているのです。

筋力トレーニングの個人トレーナーといっても、私は専門的なトレーナーの学校に通ったわけではありません。独学で勉強をし、ライセンス(資格)を修得しました。脱サラをし、トレーナーになろうと決意した頃は、30歳を越えていて、10代や20代の学生さんに交じって勉強なんて恥かしくて出来ないと思ったからです。しかし、羞恥心だけがあったわけではありません。トレーナーになるための自信はありました。そしてそれはサラリーマン時代に築いたものだったのです。
   
   会社勤めをしていると、(私の場合)特に食生活が乱れ、ストレスも加わって体型が崩れがちになりつつありました。これではいけないと思い、某フィットネスクラブに入会し、せっせと運動に励みました。格闘技系のエアロビクスレッスンを受けたり、重くセットしたダンベルを持ち上げたり、ランニングマシンのスピードをMAXにして走ったり・・・。会社や仕事であった嫌な事を浄化するには最適の楽園でした。
  初めは、やけくそ気味に運動していた私も、続けていくうちに次第に身体を動かす事の奥深さに魅了され、フィットネスの専門書を書店で何冊も購入し、またその内容も大学の授業などで使う参考書レベルまで上がっていきました。「好きは物の上手なれ」とはよく言ったもので、2年程そのジムに通い、知識と身体はそのジムのどのトレーナーさん達よりも、出来上がったものになっていたのです。ジムの更衣室で、鏡の前で仁王立ちになり、頑張れば報われるんだなと、当時私は30歳でしたが、子供のように単純に感動してしまいました(今思えば、単なるナルシストなおっさんですが・・・)。
  しかし、肝心の仕事ではというと、それと反比例するかのように、かなり冷めたものになっていました。仕事に対する情熱は消えかかっていたのです。

サラリーマンなので、個人の売り上げや成績だけが、評価されるわけでは、ありません。社内での立ち位置や、集団生活のあり方も評価の対象になります。私が在籍していた会社は、仕事の成績よりも、むしろ会社や上司に対して、より多く、そしてより親密にコミュニケーションをとる社員が高く評価されていました。(ぶっちゃけて言うと)、上司に媚びを売る社員が、会社を牛耳る、そんな会社になっていたのです。
  会社にはそれぞれ、「風土、社風」というものがあり、今思えばその会社は「人の和」を重んじる会社だったのかもしれません。しかし本流である仕事の成績が、正当に評価されないというのにはどうしても我慢が出来ず、不平、不満を抑制しつつも、独り、(言葉は悪いのですが)腐っていったのです。

  時は流れて、私は33歳という中途半端な年齢でその会社を退職し、好きな仕事を続けていこうと思い、某フィットネスクラブに転職。パーソナルトレーナーの資格を修得し、実績を積んだのち、会社を立ち上げました。
  「脱サラをして正解だったのかい?」 私は頻繁にそして、わざと自問自答します。
「勿論!当然でしょ!」これまた、わざとらしく即答で言い放ちます。今は、この仕事が私を成長させてくれているのがわかるからです。会社や上司に媚びを売る(言葉は悪いですが)人達も「媚びを売ること」に一生懸命努力していたんだなと思える様に・・・認められるようになった事・・・。また、それでも、「努力した人達がきちんと評価される会社にしたい」という願いを持って、起業した事・・・。
   今振り返れば、全てが貴重な経験でした。
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