月別アーカイブ: 10月 2012

苦手な人種

  パーソナルトレーナーになるまで、数々の仕事やバイトを経験してきましたが、それと併行して、様々な人達との出会い、おつき合いがありました。最近つくづく思うのが、人との出会いが、偶然、必然に関係無く、きちんと意味を持っていて、その事に対して何らかの答えを出す必要があるのでは、と感じる事です。   私のようなアウトローでも、ボウフラのように湧いて出てきたのではなく、何らかの理由と責任を持って生まれてきているのだと、意識するようにしています。たくさんの素晴らしい人に助けられ、支えられている事、また、残念ながらそうではなく、そりが合わず、悪循環を招いてしまう人とのつながりさえある事。例え、憎みあい、嫌いあう人との出会いがあっても、いずれはその事に感謝できるような、そういう人生であれば、と思います。・・・キレイ事、・・・あくまで理想ですが・・・。   ただ、現実的な人付き合いの中で、また仕事をご一緒する中で、私には、苦手なタイプの方が2種類ほど、いらっしゃいます。   まず、「自己中心的な人」・・・、モラルや一般常識に疎い人が多いですね。私は俗にいうオヤジなので、精神的にお子ちゃまな、自己チュー人間には説教をしてしまうのです。年齢が若ければある程度自己チューな方でも、それなりに納得もいくのですが、それでも、「マナーや道徳くらい学校で習ってきただろう?」と、ついつい言葉を荒げにしてしまいます。   もう1つ、私が苦手なタイプの人は、「職人気質な人」です。あまり喋らない、そして周囲の人間まで寡黙にしてしまう人です。プライベートならともかく、仕事を一緒にするとなると、(失礼かもしれませんが、)厄介だなと・・・。   仕事というのは、基本的にチームワークで成り立ちます。自分が担当した仕事を他人に引き継いだり、共有したり、報告する場面が必ず出てきます。その際、他人との関係が上下であろうが、横の関係(イーブン・パートナー)であろうが、最低限のコミニケーションが必要になってきます。特に会社の中で集団を束ねるリーダー格の人は、コミニケーションを頻繁にとる必要があります。しかし・・・・・、いるんですよね、「職人気質」のリーダーというか、管理職の人が・・・。    もしかすると、会社がその人を育てるためにリーダーのポジションに充てた(役職をつけた)のかもしれませんが・・・。しかし、周囲の人間、特に下(部下)の人間にとっては迷惑なだけです。寡黙に粛々と仕事をこなすのは美徳かもしれませんが、中心人物が寡黙だと、下で従う人間も影響を受け、コミニケーション不足の現場になる傾向があります。結果として、仕事に連携のミスが出たり、進行が遅れたりするケースが少なくないはずです。    以前、私が働いていた職場の上司が、「職人気質」な方でした。私はその気難しい上司に気を遣い、それでも積極的に話しかけ、コミニケーションを取ろうと努力しました。しかし、返ってくる言葉や指示が、文章や説明ではなく、「単語」で、私にはその言葉を瞬時には理解できず、また理解するのに、かなりの時間がかかりました。情報伝達や業務連絡も、声が小さく、言葉を濁すような説明。「????」となって、「すいません、聞こえなかったのでもう一度おっしゃっていただけますか?」と聞き返すと、急に怒り出して、仕事にならないこともしばしば・・・。私だけではなく、他の人ともスムーズなコミニケーションがとれていないようで、違う部署の上司からは、「あいつと一緒に仕事をするのは大変だろう?」と、同情に近い言葉をかけられました。時間が経つにつれ、私とその上司には会話が無くなり、最終的には、私と同僚で勝手に仕事を進めるようになっていました。    今、振り返ってみて、私はその上司から(ギブ・アンド・テイクという意味で)、ある教訓を得たと思っています。決して一方的に貴重な経験を頂いたとは思っていません。「こういう人間だと、人はついて来ないよ」という、残念ながら悪い例を明示して頂いた、と・・・。    仕事の「業」に執心するのは結構です。口下手な人はたくさんいます。でも「仕事下手」では、大きな仕事はできませんし、必要な事を喋らないのは、周囲にとっては迷惑なだけです。個人的には、甘ったれた人間だな・・・と。自分の思う事を理解してもらいたいなら、何らかの形で努力すべきです。「わっかて欲しい・・・」「理解しろよ・・・」と、「思う」だけでは、子供のままです。おそらく、幼少時代に愛情不足で育ったのでしょうが、それを未発達のまま社会にに出てきてはダメだと思います。   伝統工芸や、世界遺産、文化遺産の修復、保護などに携わる「職人さん」なら、「業」に惚れ込まれ、その弟子や、それらを愛でる人達から、慕われ、ついてくる人もたくさんいらっしゃるでしょう。しかし、一般職で、しかも、管理職が、「職人気質」では、人はついてきてくれない、と私は思います。    寡黙で、背中で「生き様」を語る映画俳優のT倉Kさんは、文字どおり映画の中で生きていって欲しいですし、単語で指示を出される映画監督の巨匠、故K沢さんも、周囲は大変だったのでは?特殊で秀逸な才能や努力は、リスペクトこそ払われますが、情を注いでついて来てくれる人達は稀だと思います。ホント、身内ぐらいじゃないですか?   ・・・ただ、純真無垢で、「本当にいい人」なのは、よくわかるんですけどね・・・。    私はやっぱり「職人気質」な人は苦手です。       

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